報告書本文5

(3)環境整備
 (1)及び(2)では、高齢社会における金融サービスに関して、個々人の資産形成・管理での心構えやこれに対応した金融サービス提供者のあり方が重要であることを述べた。これに加えて、行政機関や業界団体などによる種々の環境整備も劣らず重要である。

ア.資産形成・資産承継制度の充実
 ライフステージを通じた長期の資産形成における長期・積立・分散投資の有効性についてはこれまで述べてきたとおりであるが、こうした長期に亘る資産形成を支援する制度として、税制面で一定の優遇が行われている「つみたてNISA」と「iDeCo」がある。
 つみたてNISAは年間40万円までの積立投資について運用益が非課税(2037年までの時限措置)であり、手数料等が安い公募株式投資信託商品などに限定されている。20歳以上の国内居住者であれば誰でも利用でき、その資産はいつでも引き出し可能である。iDeCoは、掛金の上限は年間14.4万円~81.6万円であり、運用益は課税停止中であることに加え、掛金も全額所得控除、年金受給時も一定の税優遇がある。商品は各金融機関等により異なるが、国内外の株式・債券や投資信託など幅広く取り扱う。加入可能年齢は20歳から60歳までとなっており、その資産は年金という制度趣旨に鑑み、60歳になるまで中途引き出しは原則不可となっている。
 ライフイベントに応じて引出すことが可能なつみたてNISAと、年金制度として所得控除が認められているiDeCoとは、両者を併用することで、住宅購入などの計画的に準備が必要な支出や、病気、事故、失業などの予想外の支出への備えをしつつ、老後に向けた資産形成が可能となるものである。よって、お互いが補完しあう関係として活用が進むことが望ましい。このように、制度面では、個人の資産形成を促す制度が相応に整備されてきているといえる。
 また、保有可能期間は5年間と短いが同じく個人の資産形成に資する制度として一般NISAが存在する。制度開始からの5年間で口座数が1,100万口座を上回り、つみたてNISAに先行して個人投資家の増加に寄与してきた。これから長寿社会を迎えるに当たって、退職金の受け皿としての機能も期待される。
 つみたてNISAとiDeCoの両制度ともまずは順調に利用者が増加しているものの、その利用は国民の一部に留まっている。わが国の成人人口を考えれば、今後さらに広く普及が進む余地も大きいが、未だ十分に制度の存在を知らない層や、知っていたとしてもその意義を十分理解していない層も多いと考えられる。金融庁厚生労働省は、それぞれが連携し、今後より一層の制度の周知に努めるとともに、若年期から資産形成に取り組むことの重要性についても、広報していくべきである【4】。
 そうした普及に向けた取組みと並行して、つみたてNISA、iDeCoともに、利用者の声を聞きながら、制度そのものの改善にも努めていくべきである。
 つみたてNISAについては、まずもって国民が長期のライフプランに沿った資産形成に安心して活用できるよう、時限を撤廃し、恒久的な措置とすることが強く望まれる【5】。

【4】 NISAについて、現在3つの制度(一般NISA、つみたてNISA、ジュニアNISA)が並存しており分かりにくいとの指摘もあり、それぞれの制度の違いを広報することも重要である。

【5】 NISAが参考にした英国のISA制度においては、1999年の導入時は、順調にいかなかった際に制度を取りやめられるよう10年間の時限措置であったが、2008年に、順調に広く普及したことを踏まえ正式に恒久的な制度と認められたという経緯を辿っている。また、更にライフステージにあわせた資産形成制度が必要との観点から、各種プランが導入されるなどの制度の改善が行なわれている。こうした制度改正の追い風もあり、広く国民に普及した制度として成長してきたと考えられる。

 また、より利便性の高い制度を構築するため、非課税保有期間について無期限とすること、ライフプランに沿って拠出額を柔軟に変更させることができるようにすること、現在は回転売買防止の観点などから認められていないスイッチング【6】を条件次第で可能とすること、その他、例えば配偶者死亡時においてNISAの非課税枠を引き継げるようにすることなども、検討していくべき課題であるとの指摘があった【7】。

【6】 NISA 口座内で保有している金融商品を売却し、別の金融商品を購入することで入れ替えること。

【7】 つみたてNISAのみならず、一般NISAについても利便性の高い制度とすべきとの意見があった。

 iDeCoについても、長寿化を踏まえ、拠出可能年齢の上限を引き上げることのほか、利便性向上や働き方の多様化等への対応、また、更なる税優遇を行うことの政策的必要性を勘案して、拠出限度額のあり方についても検討することも望ましい。
 その他の課題として、個々人において多様化が進んでいるとはいえ、高齢期の者を中心に持ち家比率は高く、住宅資産を有効に活用できる環境整備も重要と考えられる。例えば、リフォーム市場の活性化や、良質な既存住宅の資産価値の適正評価を促すなど既存住宅の流通を活性化させるための施策を、より一層推進することが望まれる。
 資産形成により構築した資産を次世代に有効に承継していくという視点も重要である。相続税評価額の算出時には、不動産の時価に一般的に時価より低い路線価が用いられる一方、株などの有価証券では時価である株価等が用いられている。この違いにより、不動産が金融資産よりも投資対象として選好され資産選択に歪みが生じているとの指摘があり、資産承継に関する制度のあり方についても、検討していくべき課題である。
 また、企業経営においても高齢化が進んでいる。今後、10年間で200万人を超える中小企業等の経営者が引退時期を迎えるとされる中、事業承継は重要な課題である。こうした状況を踏まえ、一般の非上場株式の場合と事業承継に伴う非上場株式の場合の違いに留意しながら、非上場株式の売買の媒介に関する業界の自主規制を改正し、金融サービス提供者が事業承継の円滑化に貢献することが期待される【8】。

【8】 非上場株式については、日本証券業協会規則によりその投資勧誘が原則として禁止されているものの、2019年5月、事業承継を含む経営権の移転等を目的とする非上場株式の取引に係る投資勧誘を解禁する規則改正案が公表された。

(つづく)