報告書本文6

イ.金融リテラシーの向上
 若年層を中心として、少額からの長期・積立・分散投資を行う層が拡大しつつあるが、つみたてNISAなどの関連制度がより幅広く活用されるためには、ア.に加えて、金融リテラシーの向上に向けた取組みも重要である。
 これまでも金融庁金融広報中央委員会(事務局:日本銀行内)、業界団体などが、学校や職場、自治体などの場で、金融リテラシー向上に向けた授業やセミナーなどを活発に開催してきたところであり、その中でも資産形成については取り扱われてきたが、長寿化の進展等の環境変化を踏まえ、より一層取組みを工夫・強化していくべきである。本報告書で示している「個々人にとっての資産の形成・管理での心構え」についても、高齢社会において個々人が金融サービスに向き合うための基礎となる一つの考え方として、関係省庁・企業・機関・地方公共団体等の協力を得つつ、ライフステージ毎の様々な機会を捉えて広く浸透を図っていくことが望まれる【9】。

【9】 例えば、ライフステージごとに、一定の年齢ゾーンの世代にとって必要となる考え方や心構えについて記述した一連のパンフレットを幅広く用意することが考えられる。特に、公的年金の受給の開始や退職金の受取りといった資産・収入の面での変化が起きるリタイヤ期前後において、こうした変化を契機に資産形成・管理の考え方について研修などが行われる仕組みが作られることが望まれる。

 また、多くの者にとって退職金や年金は老後の資産の大きな柱であることから、金融リテラシー向上に向けた企業の取組みも重要である。
 退職金がある場合には、大きな金額が資産運用に回りうることを踏まえると、退職金の使途の検討に十分な時間をかけることができることが望ましい。退職金がいくらになるかの見通しを出来る限り早い時期に雇用者から本人に通知することは社員の福利厚生の向上の面でも重要であり、各企業の積極的な取組みが望まれる。
 金融リテラシーの向上における企業年金の役割も重要であり、適切なガバナンスの下で受益者本位で運用されることはもとより、その前提として運用状況や給付額について、より職員が把握しやすくなるよう各企業が取り組むことも望まれる。また、確定拠出型の企業年金(DC)では、事業主は確定給付型の企業年金のような運用の責任は負わないが、従業員に対する投資教育の義務などその役割は小さくない。事業主においては、より従業員一人ひとりの資産形成に資するような投資教育・継続教育を行うことや、従業員のリテラシーも踏まえつつ資産形成に資する運用の選択肢を用意することが求められる。従業員の金融リテラシーを高め、資産形成を支えていくという点では、DCに取り組んでいない企業についても、同じく企業に期待される役割は大きい。

ウ.アドバイザーの充実
 個々人のライフスタイルが多様化する中、金融商品・サービスも多様化してきている。こうした多様な商品・サービスを個々人が自身の力のみで選ぶことについては、人によって困難が伴うことも想定される。
 この観点から、個々人に的確なアドバイスができるアドバイザーの存在が重要である。現状では、その役割は主として本人に一番身近な金融機関などが担うことが想定されるが、業態ごとの商品・サービスが多様化しているため、単一の業態の金融サービス提供者が全ての商品・サービスを俯瞰したアドバイスを行うことには難しい面がある。このため、特に強く求められるのは顧客の最善の利益を追求する立場に立って、顧客のライフステージに応じ、マネープランの策定などの総合的なアドバイスを提供できるアドバイザーである。こうしたアドバイザーとなり得る主体としては、投資助言・代理業、金融商品仲介業、保険代理店やフィナンシャルプランナーなど様々な業者が存在する。米国では証券会社などの金融サービス提供者から独立して、顧客に総合的にアドバイスをする者が多数いるが、日本においてこれに類似する者は存在するものの、まだまだ認知度は低く、数は少ない。今後は認知度向上に努めるとともに、そのサービスの質的な向上に努めることが望まれる。
 また、本人に一番身近な金融機関などの者においても、単一の業態に留まらない顧客のニーズに応じた総合的なアドバイスを行うことは、顧客からの信頼を得る上で、また、高齢社会の金融サービス提供における役割を果たす上でも重要なことである。

エ.高齢顧客保護のあり方
 高齢期における顧客への対応のあり方は「(2)金融サービスのあり方」ですでに述べた。しかしながら、個社レベルでの対応のみならず、全体としての対応のあり方に再検討を要する面があると考えられる。例えば、現在の日本証券業協会の投資勧誘等のルールでは一定の年齢を目安にそれまでの年齢の顧客と違う対応を求めている【10】。75歳頃から認知症の発症率が上昇していくことを踏まえると、これには一定の合理性が認められるが、高齢者の状況も非常に多様である。75歳以前でも認知能力に問題がある者もいれば、80歳を超えても非常に元気な者もいる。本来は、個々人に応じたきめ細やかな対応が望ましく、例えば、リスクが高い複雑な商品の提供は厳しく抑制する一方で、リスクが低い簡素な商品については説明内容を軽減し、商品のリスクや複雑さに応じてメリハリをつけるなどの対応が望まれる。高齢顧客保護のあり方については、顧客本位の業務運営を徹底しつつ、業態を問わず金融業界として横断的に、金融ジェロントロジー【11】の進展に応じて見直していくことが必要と考えられる。
 また、本人が望む場合には、認知・判断能力の低下・喪失後も資産運用を続けられることが望ましい。前述のとおり、認知・判断能力に支障がある者や障害者の生活や財産を守ることを目的とした制度の一つとして、成年後見制度がある。成年後見制度における資産管理のあり方について、わが国においても、前述の米国のプルーデント・インベスタールールの考え方【12】なども参考にしながら、<本人意思の尊重と財産保護という二つの両立を図るための方策を、関係省庁等が連携して検討していくべき>である。

【10】 例えば、日本証券業協会では、リスク商品を販売する際の自主規制規則及びガイドラインにおいて、75歳以上を目安として高齢顧客として、その顧客に対する商品勧誘にあたっては役席者による事前承認などを求めている(80歳以上の高齢顧客に対しては更なる慎重な対応を求めている。)。

【11】 P50脚注参照。
(P50脚注)
 金融ジェロントロジーとは、高齢者の経済活動、資産選択など、長寿・加齢によって発生する経済課題を、経済学を中心に関連する研究分野と連携して、分析研究し、課題の解決策を見つけ出す新しい研究領域のこと(ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター)。

【12】 P8「プルーデント・インベスタールール」のコラム参照。
(「プルーデント・インベスタールール」のコラム)
【米国におけるプルーデント・インベスタールール】
 資産形成においては、ポートフォリオ全体のリスク・リターン管理の観点からの分散投資が有効である。米国ではこうした考え方に基づきプルーデント・インベスタールールを定め、同ルールにおけるフィデューシャリー(受託者)に原則として分散投資を求めている。そして、成年後見制度における後見人もフィデューシャリーであるとして、資産管理に分散投資が義務付けられている。
(以下略)


金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」の本文は、ここまでです。
さて・・・(謎)