訪問介護の論点3(7.5分科会)

武久委員(日本慢性期医療協会会長)
 効率化すべきところは効率化して、いいところは評価しながらも、余りよくないところは評価しないという官僚の方々の適切な判断が要るとは思うのですけれども、どうやら要介護度が軽くなる、要するに、よくなると、大体要介護者とかは悲しむのです。こんなことは実際上あり得ないですよ。こういうマインドにしたというのは、2000年に介護保険ができたとき、少し大盤振る舞いみたいな感じが私もしたのですが、このうちのメーンのところが生活援助ですね。要支援、要介護者に対して、生活支援だけのサービスがあるということ自身がおかしいのではないかと思います。
 健康人でなしに、要支援または軽度要介護者に対して、生活援助と身体介護とが一緒にあるというのはわかりますけれども、前回のときとかは、生活援助は7割とか8割あったということですが、これを大分締めていただいたのはいいかと思いますが、東委員がおっしゃったように、自立支援のための介護保険ですから、自立してもらわないといけないのです。要介護度が軽くなったらみんな喜ぶというふうにならないと、サービスは受けたほうが得だ、要介護度は重いほうがサービスを利用できるから得だ、そういう考え方が国民の中に広がっているということ自体は、厚生労働省としても、要介護度が重い人が軽くなったら、非常によかったなと。
 訪問介護は、特に要介護度がよくなるための、日常生活が一人でもできるようになるための援助ですから、少なくともADLは改善するか、その状態を維持する状態でやってもらわないといけないのに、そういうことは抜きにして、単に生活援助とか軽度の身体介護ということで利益率を高くしていこうという業者がたくさんいらっしゃるのも、事業者としては非常によくわかりますけれども、全体としては、厚労省の方が介護保険に対するマインドというものを国民の間で少し改善していただけたらと思うのです。
 こういうことは、我々現場は非常に厳しくなるわけですが、医療もそうですけれども、ただ単に収容していたり、ただ単に漫然と同じようなサービスをただただやっているということに対しての評価というのはもう少し厳しくすべきではないか。逆に、よくなったらもう少し評価を上げてあげる。そういうマインドが上がるような改定をやっていただければ非常にありがたいかと思います。

田中分科会長(慶大名誉教授) 介護保険の理念のところまで返ってお話しいただきました

井上委員(日本経済団体連合会常務理事)
 身体介護と生活援助の件ですが、先ほども御意見がありましたけれども、人材の不足というのもありますし、制度の持続可能性という将来に向けての重要な課題がございますので、身体介護、生活援助につきましては、必要な専門性を勘案し人員基準や報酬を考えていくほうがいいのではないかと思います。
 参考資料の41ページの月100回を超える生活援助というのは、誰が見ても異様な数字になっております。こういう数字が制度自体の信頼性を失いかねません。100回は極端な例なのかもしれませんが、その原因や、全体の分布がどういうふうになっているのかということも見ながら、対応を早急にお願いしたいと思います。


<ここだけ少し長いコメント>
武久委員は、ときどき変な発言があります。独特の「自立支援原理主義とでもいいますか、

介護保険の目的は、
「加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ること」介護保険法第1条)
です。

「その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう」
というのは、その能力を無理矢理上げなければならないことを意味していません。
本当は能力があるのに安易に他人(ヘルパーや家族)にやってもらう、というのは制度の理念に反しますが、加齢や疾病等による衰えの中で、その衰えを緩やかにする、あるいは衰える中にも個人の尊厳を保持して生活していく、ということは、介護保険の理念に反するものではありません。

訪問介護は、「日常生活が一人でもできるようになるための援助」とは限りません。
ヘルパーや家族(同居でも通いの別居でも)に支えられたりしながら、自分でできる範囲をことを少し増やしたり、減らさないようにしたり、減り方が緩やかになるようにすることも大事です。
いや、死の淵にあって、自分でできることがなくなったとしても、最後まで尊厳を(可能な限り)保持して生きるのも、けっして訪問介護の理念に反するものではありません。

ついでにいえば、「要介護度がよくなること」は「自立の方向」とはイコールではありません。
たとえば、重度の認知症のある寝たきりの高齢者がいくらかでも歩けるようになると、要介護度が重くなる場合があります。

こういう武久発言に対して、「介護保険の理念のところまで返ってお話しいただきました。」という分科会長。
これが皮肉でないとしたら、分科会長自身が介護保険の理念を十分理解しているのか疑問です。

それから、井上委員。「月100回を超える生活援助というのは、誰が見ても異様な数字になっております。」という発言の「誰が見ても」が余分でした。「私は異様に感じた」というのなら別ですが(この数字については、田部井発言待ちで)。
なお、その後の「その原因や、全体の分布がどういうふうになっているのかということも見ながら、」というのは、もっともな発言だろうと思います。

(つづく)