日本女子カーリング略史1

 カーリングの歴史について書いてみたくなった。
 世界のカーリングについて書くほどの知識も意欲もなく、日本の、しかも女子のカーリングについて、素人なりに概要を書けないか、ということだ。
 これが、実際には難しい。
日本カーリング協会http://www.curling.or.jp/
・World Curling Federation<世界カーリング連盟>(https://worldcurling.org/
等の参考サイトはある。関係自治体や、報道メディア、ウィキペディアなどにも情報はある。
 ただし、特に古い情報は、相互に矛盾があったり、データ項目の一部が掲載されていなかったりする場合がある。
 カーリング会特有と思われる事情もある。
 たとえば、チーム名。日本選手権が始まった頃は、「パーソンズ」や「シムソンズ」のような任意の名称で出場登録することが可能だった。
 2005年頃からは、チーム名が限定され、所属する法人・団体名、学校名、協会名、地域名、代表者名(多くはスキップの姓)以外は使えなくなった。そのため、メンバーとして同一性があっても、公式記録上は別のチームであるように見える場合がある。
 それに、チーム間のメンバー移動が少なくない。さらに、一時的なメンバー移動もある。たとえば、日本カーリング選手権で優勝したチームが、日本代表として世界カーリング選手権に出場するとき、他のチームの所属選手がリザーブ(フィフス)として加わるような場合だ。
 そして、女子選手特有の事情として(「女子」というより「日本女子」というべきかもしれないが)、結婚や出産で引退し、のちに現役復帰というパターンもある。欧米なら、同じチーム内で産休(あるいは育休)だけで、記録を追う上で特段な問題とはならないかもしれないが、日本では、特に昔は、姓(名字)は変わる、以前とは別のチームで復帰する、そもそもブランクが長い、など、本人も記録を追う人間も苦労することが珍しくはなかった。
 たとえば、オリンピックに3回出場した船山(旧姓・林)弓枝という名選手がいるが、彼女の所属チームは、ざっと追っただけでも、
シムソンズ→Ringo Stars→フォルティウス→チーム目黒→チーム青森県協会→チーム青森→(結婚・出産)→北海道銀行フォルティウス(協会の記録上はチーム吉村)
と移り変わっている(間違いがあったらすみません。なお、前後2回出てくる「フォルティウス」は、理念上はともかく、人員組織上は同じチームではない)。
 彼女は多い方ではあるものの、こういう変遷を、たとえば日本選手権優勝チームの全ての選手について記載することは、私の能力をはるかに超える。
 よって、ある程度、情報量を限定するルールを設けたうえで、「略史」として大雑把にまとめることにした。

1)オリンピック、その代表決定戦、及び次の大会に限定して結果を記載する。なお、大会名称等における「カーリング」は基本的に省略する。
 ・日本カーリング選手権→日本選手権
 ・世界カーリング選手権→世界選手権
 ・日本ジュニアカーリング選手権→日本ジュニア選手権
 ・世界ジュニアカーリング選手権→世界ジュニア選手権
2)オリンピック・世界選手権代表チーム、日本選手権優勝チームは選手の氏名を記載する。ジュニアの大会も、可能ならそれに準じる。
3)各大会の上位チーム等については、のちにオリンピック代表クラスとなる選手については、なるべく記載する。
4)現在(2021-2022年シーズン)日本選手権の優勝争いをする可能性が高いチームについては、2に準じて記載するよう努める。

 1~4が適当かどうかはわからない。今後変更になるかもしれない。
 現時点で、主要チームの変遷について、ざっとイメージ的に図にすると、こんな感じだろうか。

 

 

(敬称略・つづく)