「維新の躍進」について2

この(前記事の)「大阪の惨状」が、維新府政の責任か、というと、それは難しい問題だろうと思います。
大阪府と同じ条件で知事をやったような人物がいれば比較が容易ですが、各世代の人口構成、産業や交通、医療や福祉施設の状況などが同じ、という「実験室」は作れないからです。


ただ、保健所の体制、特に保健師数が十分ではなかったというのは可能性が高そうです。

 

常勤保健師数の推移
https://jukeizukoubou.hatenablog.com/entry/2021/06/13/165517

兵庫県知事選の結果
https://jukeizukoubou.hatenablog.com/entry/2021/07/19/212502

 

これらの過去記事にあるように、大阪府の人口あたりの常勤保健師数(ただし、市町村等の保健師を含んでいる模様)は全国平均より低いです。東京はもっと低いのですが・・・
もっとも、「維新が減らした」というよりも、多くの自治体が(今回のような感染症に)必要な人員を確保していなかった、というべきでしょう。

 

私は、現時点の材料からは、吉村府知事は、少なくとも「飛び抜けてすぐれた新型コロナ対策」を行ったわけではないと思います。
また、他の知事に比べて「飛び抜けて劣った対策」しかできなかった、という可能性も低いと思います。

 

吉村氏が知事としてすぐれたところがあったとすれば、状況や、それに対する考察、施策等について、頻繁に発信し続けたということではないかと思います。
それも、行政用語ではなく自分の言葉で。


いや、これは違うかもしれません。もともと弁護士だから、ひょっとしたら法律用語などで思考したかもしれないけれど、発信するときには一般の府民にわかりやすいだろうと自分で考えた言葉で。

 

だから、吉村府政が取った新型コロナ対策が物理的医学的に正しいかどうかわからないけれど(たぶん、他の知事と同等ぐらいには間違いがあったと私は思いますが)、「吉村さんが頑張ってくれたのだから仕方がないな」と府民が思ったり、さらには「吉村さんが頑張ってくれたから、まだこの程度で済んだ。そうでなかったら、もっと酷いことになってたかもしれない」と思う人が出たりしたのではないでしょうか。

 

で、こういうやり方は、別に違法でも何でもない、と思います。
それで、吉村氏を信じるのも、信じないのも、大阪府民の判断でしょうから。

 

もっとも、<吉村府政の評価=維新の評価>と考えるか、そうでないと考えるか、という問題もあります。
サウナを庁舎に持ち込んだ市長も維新でしたし、北方領土で酔っ払って問題を起こして除名された国会議員も維新でしたから。

自民党議員の不祥事より絶対数は少ないかもしれませんが、維新の所帯が自民よりもずっと小さいことを考えれば、変な人が出てくる率は高いような。

 

なお、ベーシックインカム新自由主義については、少なくとも現在の日本では弊害の方が大きい、むいていない、と私は考えていますが、それについては、またの機会があれば、ということで。