産経はアスリートへの強要をやめよ

産経新聞の「主張」(引用者注:一般紙の社説と同じようなもの)より。

 

東京五輪 開催の努力あきらめるな 菅首相は大会の意義を語れ
2021/5/28 05:00
今夏の東京五輪パラリンピック開催に向けて政府や東京都、大会組織委員会は努力を続けてほしい。それは新型コロナウイルスの感染を抑え、社会・経済を前に進める上でも大きな一歩になる。

残念ながら、新型コロナは下火になる気配が見えず、東京都などに発令中の緊急事態宣言は6月まで延長される見通しだ。五輪の中止や再延期を求める声が強まりつつある。だが、開催の可否を論じる前に、政府や都、大会組織委は「なぜ五輪を東京で開催するのか」という根本的な問いに真摯(しんし)に答えてきたか。

◆選手も思いを発信せよ

政府や組織委が掲げる「安全・安心な大会運営」は、前提であって答えではない。開催意義をあいまいにしたまま「安全・安心」を繰り返しても、国民の理解は広がらない。菅義偉首相にはそこを明確に語ってもらいたい。

アスリートにも同じことを求めたい。それぞれが抱く希望や不安の真情を、自身の言葉で聞かせてほしい。先が見えない中で鍛錬を続ける彼ら彼女らの不安は国民の不安にも通じる。だからこそ日の丸を背負う選手たちには、五輪を通して社会に何を残せるのか、語る責任がある。

もの言えば唇寒く、時に理不尽な批判を招く風潮は恐ろしい。それでも社会に働きかける努力を続けてほしい。世論の反発を恐れ、口をつぐんだまま開催の可否を受け入れることはアスリートとしての不戦敗に通じる。
(以下略)
https://www.sankei.com/article/20210528-C7NN4NWG4FOSTGGDP4C65PN44U/

 


意味がわかりません。
「開催すべき」という意見があるのは理解できます。その逆の意見も。
(それぞれが正しいかどうかは、また別の話。)

 

でも、アスリートが「開催すべき」と言ったら、開催が可能になり、医療従事者や身内が亡くなった人も含めて、世界中の人々が受け入れてくれるのか?
アスリートが「中止すべき」と言ったら、産経新聞社を含むオフィシャルサポーター、公式スポンサーの類が全て納得して中止に応じてくれるのか?
感染症や公衆衛生の専門家でもないアスリートが、現状では責任を持った発言はできないと考えて口をつぐんでいるのは、いけないことなのか?
そして、なぜ、それが不戦敗に通じるのか?

 

私が、もしもアスリートなら、こう発信したいと思います。

開催の可否は、神のみぞ知る。
でも、アスリートに発信を強要しようとする産経新聞社が間違っていることは、はっきり言える。