「黒い雨」訴訟、控訴へ

「黒い雨」全面勝訴 84人全員を被爆者認定 援護区域見直し迫る 広島地裁、初の司法判断
中國新聞 2020/7/29

 原爆投下後に放射性物質を含んだ「黒い雨」を浴びて健康被害が生じたのに、国の援護対象区域外だったのを理由に被爆者健康手帳の交付申請を却下したのは違法として、広島市広島県安芸太田町の70~90代の男女84人(うち9人は死亡)が市と県に却下処分の取り消しを求めた訴訟で、広島地裁の高島義行裁判長は29日、全員の却下処分を取り消し、被爆者と認めて手帳を交付するよう命じる判決を言い渡した。

 被爆から今夏で75年。黒い雨を巡る初の司法判断となった。最大の争点だった、国が援護対象とする「大雨地域」の線引きの妥当性を明確に否定し、国に援護対象区域の見直しを迫った。

 高島裁判長は、国が大雨地域の線引きの根拠とした1945年8~12月に広島管区気象台(現広島地方気象台)の宇田道隆技師たち数人による聞き取り調査について被爆直後の混乱期に限られた人手で実施され調査範囲や収集できたデータには限界がある」と指摘。「黒い雨がより広範囲に降った事実を確実に認めることができる」とした。

 その上で、原告が黒い雨を浴びたり、汚染された水や作物を飲食して放射性物質を取り込んだりした内部被曝(ひばく)の状況と、その後に発症した病気を個別に検討。原告の陳述書などはいずれも信用できるとし「疾病は黒い雨を浴びたこととの関連が想定され、原告は被爆者援護法が定める『身体に原子爆弾放射能の影響を受けるような事情の下にあった者』に該当する」と結論付け、原告全員への被爆者健康手帳の交付を命じた。

 原告は、原爆が投下された45年8月6日か、その直後に黒い雨を浴びるなどし、その後、国が被爆者健康手帳の交付対象とする11疾病のがんや白内障などを発症した。市や県に手帳の交付を申請したが、黒い雨を浴びるなどした場所が大雨地域の周辺の「小雨地域」か、その外側だったとして却下され、2015~18年に順次提訴した。
(以下略)
https://www.chugoku-np.co.jp/local/news/article.php?comment_id=666712&comment_sub_id=0&category_id=256


「黒い雨」援護区域拡大検討、厚労相「スピード感持って」 認定訴訟控訴
毎日新聞 8/12(水) 19:51配信

 広島への原爆投下後に降った「黒い雨」を国の援護対象区域外で浴びた住民ら84人全員を被爆者と認め、被爆者健康手帳の交付を命じた広島地裁判決について、加藤勝信厚生労働相は12日、被告の広島市広島県とともに広島高裁に控訴したと発表した。訴訟とは別に、国として専門家らによる組織を作り、援護区域について拡大を視野に再検討する考えを示した。

 訴訟では、国からの法定受託で手帳交付事務を担う市と県が被告になっているが、被爆者援護制度を定めている国が補助的な立場で参加し、実質的な被告として住民と争っている

 7月29日の広島地裁判決は、複数の専門家による住民への聞き取り調査を基に、国の援護区域より広い範囲で黒い雨が降ったと認定。原告が被爆との関連が想定される病気を発症していることを重視し、被爆者援護法で「身体に原爆の放射能の影響を受ける事情の下にあった」と定める「3号被爆者」に当たると結論づけた。

 これに対し、国は十分な科学的根拠がなく、上級審の判断を仰ぐ必要があるとして市と県に控訴を求めた。市と県は訴訟前から援護区域を現在の約6倍に広げるよう国に要望してきた経緯があり、住民の早期救済に向け政治判断による控訴断念を国に再三求めた結果、厚労省が区域拡大を視野に再検証すると約束したため控訴に応じた。

 午前11時から報道陣の取材に応じた加藤厚労相「地裁判決は累次の最高裁判決と異なり、十分な科学的知見に基づいたものとはいえない」と控訴の理由を説明。「関係者も高齢化し、調査の糸口となる記憶も薄れつつある。蓄積されてきたデータを最大限活用し、AI(人工知能)など最新の科学的技術を用いて可能な限りの検証を行う」と表明した。ただし、時期については「スピード感を持って作業をしたい」と述べるにとどめた。安倍晋三首相はこの日、首相官邸で記者団に「被爆という筆舌に尽くしがたい経験をされた皆様の支援策にしっかりと取り組む」と語った。

 一方、市役所で午前11時から記者会見した松井一実市長は、11日に加藤厚労相とウェブ会議で直接協議したことを明かし「市の強い要望を踏まえて国が再検討の方針を示したことを重く受け止めた。手帳交付が国からの受託事務であることを踏まえ、控訴せざるを得ないと判断した」と説明した。湯崎英彦知事も「現行の基準が変わらなければ不公平が生じる」と語り、再検討を重視して、控訴を受け入れたことを強調した。市によると、援護区域が拡大されれば数千から数万人規模の住民が新たに対象になる可能性があるという。
(以下略)
https://news.yahoo.co.jp/articles/4b37ed8c47dcbae6fd9000989a3d460591527cba


という流れです。

被告が広島県広島市で、地裁の判決を受け入れたいのに、法定受託事務であるがゆえに国(この場合は厚生労働省)の意向で控訴せざるを得ない、という、おかしな状況になっています。


法定受託事務については、たとえばこちらの記事でも触れています。
https://jukeizukoubou.blog.fc2.com/blog-entry-1641.html


それでは、国の意向に反した地裁判決が出た場合、被告としての自治体が絶対に控訴しなければならないのか、というと、そうではない前例もあります。

 

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 手帳交付の可否を争う訴訟では、被告の自治体が敗訴した場合、国と協議して控訴するか否かを決めるのが通例だが、自治体が独自に判断するケースもある。

 大阪地裁が2009年6月の判決で、来日しないことを理由に韓国人被爆者の交付申請を却下した大阪府の処分を違法と認めた際、当時の橋下徹知事は「(却下は)行政の判断として間違っている」として控訴しない方針を表明。厚生労働相からの控訴要請を断ったことも明らかにした。

 広島県は08年、ブラジル在住の日本人の交付申請を却下した県の処分を違法とした広島地裁判決に関し、いったんは国の要請で控訴したが、大阪府などの対応も踏まえ、当時の藤田雄山知事(故人)が09年7月に控訴取り下げを表明した。
中國新聞 2020/8/5)
https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=669294&comment_sub_id=0&category_id=1251

 


国外の被爆者の申請についての案件で、今回のような対象区域の争いではないので、橋下徹氏のような知事なら今回は控訴を拒否したか、ということはわかりませんが、法定受託事務でも国の意向に従わなかった前例はあるわけです。

とはいえ、今回の案件については、控訴した県や市を批判することは、一般的な首長としてはなかなか難しいだろうと、私は思います。

 

が、訴訟の当事者はあくまで県と市ですから、敗訴を受け入れてしまって、厚労省がどうするか対応を見る、というのも(不謹慎かもしれませんが)おもしろいかな、という気がします。


法定受託事務の場合、自治体が国に従わないときは国が代執行することも可能ではありますが、今回の控訴期限には間に合わないので無理。
最終的には国が県や市を相手に訴訟を起こすことも考えられますが、地裁レベルとはいえ確定してしまった判決を基に事務(手帳の発行等)を行った自治体に勝つのは、なかなか困難ではないかと私は思います。

 

こんな事態になるのも、法定受託事務において(実質的に争う気のない)自治体が訴訟の当事者になってしまう、という制度のまずさが根底にあるから。
ということは、今回のようなケースで国が被告になるような仕組みを造ってしまえば、つまり自治体が板挟みになっらない工夫をすれば、もう少し国民にもわかりやすくなると思うのですが。

 

※引用記事中の濃赤色の部分は、法定受託事務において実質的訴訟当事者が誰か、という問題点の関連です。それ以外の強調箇所については、後日、別記事で触れる予定です。