水害の記憶5

水害に遭ったのはかなり以前のことなので、詳細を忘れていることはあります(苦笑)

もっとも、何年も経った今だから、ある程度は冷静に振り返ることができる、という面もあると思います。
あの頃は意識していませんでしたが、精神的にはけっこう揺れ動いていたでしょう。

床上浸水のときは「えらいことになった」
でも、あしかけ3日目に水が引いて、要介護者を含む家族全員が無事だったときは、ほっとしました。

そのあと、車や畳など水に浸いたものの処分や、床板の洗浄、床下の土砂撤去など、しなければならないことの多さに愕然としました。
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上の図が正確かどうか自信がありませんが、災害直後は気が張っていても、途中で心身の疲れが出てきたのは事実だったと思います。

憶えているのは、水害の翌年、例年だったら咲くはずの庭の花(ツツジなどの低木や、芝桜などの多年草)が、
ほとんど咲かなかったり、全く花をつけなかったりしたものがあったことです。

泥水に近いようなものに一昼夜半ぐらい覆われていたので、無理もないのかもしれませんが。
(一応は、きれいな水で洗ったりはしたのですが・・・・・・)

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それが、次の年(水害の翌々年)になると、また花をつけるようになりました。
樹の生命力が回復してきたのか、機嫌を直してくれたのかわかりませんが、
それによって人間(特に老人)の気持ちが明るくなったのはたしかです。

私が経験した災害は、ことしの7月豪雨、東日本や阪神・淡路などの震災に比べれば軽い方だとは思いますが、
それでも、あえていえば、災害復興というのは全力で駆け抜ける短距離走ではなく、少しずつ前進する(ときには道に迷ったりもする)長距離走ではないかと考えています。

まとまりのない記事になりましたが、ここでいったん区切りにし、機会があれば、災害の雑損控除の話なども書いてみたいと考えています。