毎日新聞(11月23日)社説

毎日新聞の11月23日の社説です。批判的立場になるので、公平を期すため全文を引用します(太字強調は引用者です)。

社説:療養病床 削減計画を実行せよ

 「療養病床の削減計画を凍結する」と民主党マニフェストにあり、長妻昭厚生労働相は改めて「凍結」を表明した。しかし、それでは医療が必要ない多くのお年寄りを病院に閉じこめておくことになる。どうして脱社会的入院の流れをせき止めるのか、理解できない。

 療養病床は、70年代後半から増えた老人病院を前身とし、現在は医療保険を財源とする25万床と介護保険の13万床が存在する。06年、自民党政権は介護療養病床を全廃、医療療養病床を約22万床(当初は15万床)に削減する計画を発表した。それに対し「介護難民があふれる」「医療のない介護施設では不安」などの批判が起こり、民主党は削減計画を凍結する旗を立てたのだ。

 しかし、療養病床を削減するといっても、閉鎖して入所者を追い出すわけではなく、特別養護老人ホーム老人保健施設などへ転換させようというのである。そのために施設基準を緩め、税制優遇や各種助成金もある。医療が手薄になることへの入所者の不安は分からなくはないが、中央社会保険医療協議会の調査(05年)ではほとんど医療が必要ない人は約50%、週1回程度の医療の提供で済む人と合わせると8割以上になる。日本医師会厚労省の調査でも4割前後の人は医療がほとんど必要ないという。むしろ狭い病室で寝かせきりでいるために症状が悪くなる人が多いとすらいわれているのだ。

 では、なぜ介護施設への転換が進まないのかといえば、経営側にとって収益が減るからだ。入所者1人当たりの1カ月の平均費用と床面積は、特養ホーム29万円(10・65平方メートル)、老健施設31万円(8・0平方メートル)、介護療養病床41万円(6・4平方メートル)、医療療養病床49万円(同)。療養病床が狭いのに費用がかかるのは医師や看護師を多く配置することになっているからだ。しかし、現実には医療が必要ない入所者が多い。その矛盾を解消するための削減計画であり、医療給付費も総額で3000億円くらいは節約できるといわれている。症状の重いお年寄りは存続する療養病床に集約して医療を提供すればいいのではないか。

 最近は特養ホームや老健施設で個室化が進み、家庭的な設備や雰囲気が重視されるようになった。いざという時の不安から狭い病室にとどまって結果的に寝たきりになるよりも、生活環境の整った介護施設で手厚いケアを受けながら暮らした方が良くはないか。精神科病院や一般病院にもお年寄りの社会的入院は多数ある。やはり、ここは削減計画を実行すべきだ。健康のためにも財政のためにも社会的入院から脱しよう。医療への過剰な期待はもうやめよう。
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20091123k0000m070110000c.html

一見して、「という」とか「いわれている」とか、厚労省などからの伝聞を根拠にしているところが多い印象です。
数字の信憑性について突っ込むのは、気の毒かもしれません。

というところで、

療養病床を削減するといっても、閉鎖して入所者を追い出すわけではなく、特別養護老人ホーム老人保健施設などへ転換させようというのである。

という部分について。

現在、特養ではなく、老健でさえ(老健ならばこそ、というべきか)医療的ケアの必要性が高い要介護者は拒否される傾向があります。
根底には、もちろん、医療費のマルメの問題。

急性期対応の医療機関で「治療の必要性はない」というのと、
療養病床(医療・介護)、老健、特養、特定施設、在宅、それぞれの場で「医療行為が対応できるか」というのと、
全く同じように扱うことは無理があると思います。

「ほとんど医療が必要ない人は約50%、週1回程度の医療の提供で済む人と合わせると8割以上になる」という調査結果は、在宅の場(特に老々看護)で、途方に暮れている家族介護者の存在を知っている人間にとっては、信じ難いものです。

お年寄りを病院に閉じこめておくな、というのは結構ですが、主張すべきなのは
「療養病床 削減計画を実行せよ」
ではなく、

まず「受け皿を整備せよ」ではないかと思うのですが。


ちなみに、過去の同紙では、違ったニュアンスの記事があります。

療養病床:削減に悲鳴 家族に負担、病院も混乱
(2007年4月6日)
 国が06年度から進めている長期入院施設「療養病床」の削減政策により、不安を抱く高齢者が増えている。ピークの06年2月に38万1840床だったベッド数は同年12月で1万2411床減の36万9429床に。率では3.3%減と目立たないが、入院ベッドを求めて住み慣れた地域をやむなく離れたり、自宅で引き取った家族が介護に悲鳴を上げるなどの深刻なケースが出始めている。【吉田啓志】

 かつて5万に迫った人口が3万近くに減る北海道根室市。昨年3月、唯一の療養病床を持つ根室隣保院付属病院が閉院した。前月の国の削減決定を受けた判断だった。

 同市で民宿を営む河原翼子さん(66)は毎日、髄膜炎で寝たきりの夫謙次郎さん(84)の世話をするため、隣保院に通っていた。語りかけながら体をふき、ヒゲをそる。そんな2年間続けた日常が閉院で奪われた。

 転院した根室市立病院も長くはとどまれず、ようやく見つけたのが130キロ離れた釧路市内の療養病床。車で2時間以上かかり、週に1度日帰りするのがやっとだ。

 「若い人だけでなく、年寄りまで街を出ていかなくてはならないなんて、おかしい」。そう憤る翼子さんは最近、高血圧に悩んでいる。

明日の私:どこで死にますか 第1部・療養病床削減/1 父の入院先が閉じた
(2007年4月7日)
病気になった高齢者はどこで過ごすのか 今、8割の人が医療施設で死を迎える。国は高齢化に伴う医療費の膨張歯止めに躍起で、最大のターゲットは入院、施設入所費だ。私たちはこれからどこで最期を迎えるのか。シリーズ「どこで死にますか」の第1部は、療養病床削減の現場を見る。(1面参照)

◇仕事あきらめ介護

◇54歳、募る不安--「在宅」に負担重く

 北海道根室市の鈴木俊博さん(54)の人生は昨年2月、父俊雄さん(84)が入院する社会福祉法人根室隣保院付属病院」からの「閉院」を告げる電話で一変した。

 根室から150キロ離れた羅臼(らうす)町の建設会社で非正規社員として働き、「3月から正採用」が目前だった。母は3年前に亡くなり、姉弟は遠方に暮らす。病院から「転院先はないだろう」と言われ、根室に戻り引き取ることにしたが、それは不況風のやまない北辺の街でようやく得た仕事をあきらめる決断でもあった。

 俊雄さんはパーキンソン病で、要介護度は2番目に重い4。3年前、インフルエンザにかかって病状が悪化し、根室市立病院に入院。市内唯一の療養病床である隣保院に移った。

 その隣保院は全国に広がる医師不足に悩まされていた。必要とされる常勤医4人以上が確保できず、道庁から文書指導を受けた。入院ベッド75床すべてを使用できず、借入金は1億円を超えた。国の療養病床削減方針がとどめとなり、昨年3月に閉鎖した。隣保院の周田泰俊常務理事は「大幅な減収が見込まれ、導入を前に閉院した」と話す。

 入院患者全57人のうち市内で転院できたのは20人。根室市は俊雄さんについて「希望すれば1年以内に施設入所できたはず」と言うが、入所できても50歳を超える俊博さんに市内に仕事はない。市外に出れば見舞いもままならない。「また転院させられ、仕事や生活が翻弄(ほんろう)されるのでは」との不安も強かった。

 俊博さんは妻と早くに離別し、子供3人を男手一つで育てただけに家事も苦にならないが、それでも5時間おきのおむつ交換や3食の用意はつらい。「『おいしい』の一言もなく食事を食べる姿に、怒りがこみあげる」とも語る。生活の支えは月額約20万円の父親の年金だけ。暮らしに余裕はない。在宅介護を始めて半年後の昨秋、血圧が時に200を超えるようになった。

 「父親は自分がみとるからいいが、自分の老後はどうなるのか。子供たちにはこんな思いは絶対にさせたくない」。俊博さんは先の見えない不安にさいなまれている。【望月麻紀】