「水星の魔女」と同性婚

機動戦士ガンダム 水星の魔女』については、以前に触れました。
https://jukeizukoubou.hatenablog.com/entry/2023/07/03/212456

 

いろいろな見方がある作品だろうと思いますが、その中に「同性婚」あるいは「同性愛」という切り口もあります。

水星から来た主人公、スレッタは高等専門学園のパイロット科2年に編入となりましたが、そこでヒロイン【*1】(というより、もう一人の主人公というべきか)、ミオリネ【*2】と出会います。

ミオリネは、巨大企業複合体【*3】の総裁で、かつ学園の理事長でもあるデリング・レンブラン【*4】の一人娘。
その学園のルールとして、有形無形の何かを賭けて決闘を行うことが認められており、また決闘により最強のパイロットとなった者には「ホルダー」【*5】という称号が与えられます。
そして、ホルダーには、ミオリネの婚約者となる権利が伴います。これはデリングが勝手に決めたもので、反発したミオリネは何度か学園脱出【*6】を図ったりしています。

たまたま現ホルダーであるグエル・ジェターク【*7】のミオリネに対する粗暴なふるまいに怒ったスレッタは、ハプニングもあり、モビルスーツによる決闘【*8】でグエルを打ち負かします。
その結果、スレッタは意図せずミオリネの婚約者となってしまいました。
自分が女であることを伝える(伝えなくてもわかっていることですが)スレッタに対して、
「水星ってお堅いのね。こっちじゃ全然ありよ」と返すミオリネ。

これが始まりといえば始まりなのですが、この時点では、二人は同性愛関係にあるというよりも、ミオリネとしたら粗暴な「男性婚約者」を追い払ってくれてよかった、ぐらいであり、スレッタにしてみれば、辺境の水星から出てきて初めてできた友達、ぐらいだったのでしょう。

これ以降、学園の内外でさまざまなことが起きますが、スレッタは男性(エラン・ケレス【*9】)とのデートを望むなど、異性愛の方に親和性があるような表現があります。
ミオリネも、当時のグエルが嫌だったのも、親が勝手に決めた婚約システムへの反発だったり、当時のグエルのふるまいの方に問題があったり、ということで、必ずしも「男嫌い」というわけではないでしょう。シャディク・ゼネリ【*10】など、ミオリネのことが相当に好きと思われる男性もいて、ミオリネの方も本質的にはそれほど嫌ってはいないのではないかと思われる場面もありました。

最終回では、重大事件終結の3年後という世界が描かれましたが、被疑者として公判中のシャディクと面会したミオリネに対し、(彼自身の責任ではない罪【*11】も含めて背負おうとしている)シャディクが別れを告げる場面がありました。
その後、スレッタの姉・エリクト【*12】の人格を引き継いだ端末のような存在が、「いいの?素直じゃないね」とミオリネに声をかけています。
この解釈は難しいところですが、ミオリネは彼のことが(あるいは彼のことも)好きだった、という取り方もできそうに思います。

そのエリクトの人格がミオリネに対して「小姑」を自称していますし、最終回の最終場面では、スレッタもミオリネも左手の薬指に同じように見えるリングをしているので、スレッタとミオリネは正式に婚約したか、結婚したのでしょう。

ただ、全体を通して、二人が性的な恋愛関係【*13】にあるような場面は(たぶん)ほぼなく、「非常に仲の良い大切な友人関係」という設定でセリフを変えて現地語でアテレコすれば、同性愛に対して制約が厳しいような国にも、本作を輸出することが可能なように作られているのかもしれません。

ともかく、スレッタもミオリネも、けっして同性しか愛せないということはなく、かといって現在の私たちがいうバイセクシャルというイメージとも全く同じというわけではなく、異性であれ同性であれ、本当に好きになった人が、たまたま異性か同性かということで、LGBTというような言葉で特別に扱うこと自体がなくなった社会【*14】、なのでしょう。

とはいえ、性的志向での差別はないにしても、スペーシアンとアーシアンという格差【*15】は非常に大きい、そういう世界ではあります。

 


***注***
【*1】ヒロインはヒーローの女性形。男性主人公の相手役(恋人等)、女主人公、女性の英雄などの意味がある。ヒーロー自体、主人公という意味よりも英雄の意の方が強いのではないだろうか。たとえばトランスジェンダーが主人公の場合、自認する性がどちらであれ、この性別を伴う表現(ヒーロー、ヒロイン)は使いにくくなる可能性がある。

【*2】ミオリネ・レンブランは経営戦略科2年。性格はともかく優秀ではあり、専門外のはずのモビルスーツの普通の操縦ぐらいはしてしまう。

【*3】巨大企業複合体ベネリットグループ。多数のモビルスーツ産業企業の集まり。内部には対立や陰謀もある。

【*4】デリング・レンブランは、スレッタの母たちが所属していた組織を壊滅させる企てを主導した(本作のプロローグ)。その後、現在の地位に成り上がったが、本作では単なる悪役とは言い難い立場にはある。

【*5】ホルダーは、端末機能があると思われる生徒手帳を操作して、制服などを真っ白に変更する権利もある。『機動戦士ガンダムSEED』の世界で、ザフト軍では指揮官が白服を着用するという設定があったが、それのオマージュかどうかは不明。

【*6】宇宙にある学園を脱出して地球に行こうとしたミオリネを、スレッタが「漂流者として救助」したのが、二人の出会い。だから、ミオリネはスレッタに対する印象が悪かった。

【*7】グエル・ジェタークはパイロット科3年。決闘に負け続け、父との関係も悪く、学園を出ていろいろな体験をすることとなるが、のちにスレッタやミオリネたちに協力するようになる。

【*8】モビルスーツによる決闘は、相手モビルスーツの角のようなアンテナ部分(ブレード)を折った方が勝ち。なお、火器などは学園内仕様として威力を制限されているらしい。

【*9】エラン・ケレスはパイロット科3年だが、強化人士という替え玉を使っていて(エラン自身というよりエランの雇用先の共同CEOの意思)、スレッタがデートしようとしたのは4番目の替え玉。その4号は処分されてしまってデートもできなくなってしまったが、最終回で意外な形で再登場する。なお、その後の5号も、最終盤で意外に活躍する。

【*10】シャディク・ゼネリは、パイロット科3年。ラスボスのような雰囲気で重大事件を起こすが、グエルに負け、拘束される。

【*11】シャディクが背負った「彼自身の責任ではない罪」とは、スレッタの母が、デリングに持ちかけて実現させたクワイエット・ゼロという、いずれは地球圏全体を支配できるとするスーパーシステム。ただ、いろいろあって(略)最後は消滅した。

【*12】エリクト(エリー)はスレッタの姉といってよいものかどうか。幼少期からモビルスーツのシステムとの親和性が高かったようだが、水星の過酷な環境で肉体的には生き延びられず、モビルスーツガンダムエアリアルのAIのような存在として意識を保っている。エリクトのクローンのようなものとしてスレッタは誕生したようだ。スレッタの母がクワイエット・ゼロにこだわったのも、エリクトの活動できる場を拡大するため。クワイエット・ゼロとエアリアルの消滅のときに、「ホッツさん」というマスコット人形の中に意識が移されて生き延びることになった。原理はよくわからないが、エリクトによると、スレッタだからそれができた、ということらしい。

【*13】性的関係の表現としては、ガンダムシリーズでは、『機動戦士ガンダムSEED』のフレイ・アルスター(15歳)とキラ・ヤマト(16歳)の場合は、明確に出ていた。その他の作品でも、男女間の愛としては、けっこう匂わせていたと思う。

【*14】「LGBTというような言葉で特別に扱うこと自体がなくなった社会」の中に、たぶん水星は含まれない。地球(アーシアン)はどうだろうか?

【*15】スペーシアンは地球を出て宇宙で生活するようになった人々、アーシアンは地球で生活する人々。本作では、スペーシアンが富を集め、アーシアンが不満を持つという構図があり、学園内でもアーシアンが差別されたりしている描写がある。