2 本調査に登場する関係者 [県関係]
(1)A氏(元西播磨県民局長。令和6年3月末での自己都合退職届を提出していたが、7項目の「告発文書」を作成して各所に送付したことから退職が留め置かれ、総務部付とされたのち、同年5月7日付けで停職3月の懲戒処分を受けた。なお、同年7月7日に自死された模様。以下「元県民局長」という。なお、以下では、説明の便宜上A氏の姓を「A氏」と置き換えて表現している部分がある。)
(2)齋藤元彦氏(第53代・54代兵庫県知事。以下「知事」という。)
(3)片山安孝 元副知事(令和6年7月31日に副知事を辞職した。以下「元副知事」という。)
(4)D氏(令和5年度末時点は総務部長。令和6年4月1日に理事に昇任したが同年8月1日付けで総務部付に降任。)
(5)E氏(令和6年4月1日より総務部長。同年8月19日付で総務部付となる。)
(6)F氏(産業労働部長)
※ なお、前記(2)から(5)の4名につき、週刊文春では「この”四人組”は、みんなもともと人事課出身。…(略)…兵庫県庁では知事以下五人を『牛タン倶楽部』と陰で読んでいます。」と記載されている<引用者注:「(3)から(6)」ではないかと思われる>。
※ 今回の調査によっても、知事とこれら4名のグループの呼称についての確認はできなかったが、4名の人事記録によれば、確かに同じような時期に、総務、人事関係の組織に所属していた模様であり、互いの人的関係も相当程度濃密であったことがうかがわれる。
(7)G氏(総務部。以下の役職名省略。以下同じ。)
<H氏からP氏まで、総務部所属が続く>
[県議会関係]
(1)Q議員(丙会派。文書問題調査特別委員会(以下「百条委員会」という。)の副委員長)
(2)R議員(丙会派)
(3)S議員(乙会派)
(4)T議員(甲会派)
(5)U議員(乙会派)
(6)V議員(乙会派)
(7)W元議員(甲会派。百条委員会の委員であったが、令和6年11月18日付けで県議会議員を辞職した。)
3 調査の端緒(元県民局長の私的情報存在判明の経緯)
(1)元県民局長の「告発文書」が契機となって知事の指示により開始された同文書の作成者特定の調査により、令和6年3月25日に元副知事及びH氏が西播磨県民局に赴いて持ち帰った元県民局長の信用していた公用パソコン内に、元県民局長のごく私的な情報を内容とするデータ類(以下「私的情報」という。)が多数保存されていることが判明した。
(2)なお、その際、同公用パソコンにUSBメモリー1基が接続されていたが、これは元県民局長の私物であったため、その場で取り外されて元県民局長に引き渡された。
4 私的情報の保管状況
(1)令和6年3月25日、西播磨県民局にて回収された元県民局長のしようしていた公用パソコン内に存在した私的情報をコピーし、H氏が県人事課共有フォルダの人事担当フォルダ内の「【副課長のフォルダ】」内に「【A氏PC】」との名称のフォルダを新設し、その中にコピーしたデータを保存した。この際、H氏が公用パソコンからUSBメモリーと自身の公用パソコンを用いてコピー・保存の作業を行い、USBメモリー内のデータは作業後消去した。なお、令和6年3月中にこの「【副課長のフォルダ】」内に移された私的情報のデータにアクセスできたのは、総務部職員局人事課所属の内の20名の職員だが、その中で「【副課長のフォルダ】」内に当該情報が保存されていたことを実際に知っていたのは、H氏、J氏及び副知事のみであった。G氏は、令和6年3月25日に県人事課により公用パソコンが回収された日から4,5日後に同パソコン内に私的情報のデータが存在したことを認識していたが、少なくとも同月中は同パソコンから「【副課長のフォルダ】」にデータが移されて保管されていることを認識しておらず、当委員会の調査時点までの間にも、G氏が自らデータそのものを確認したことを裏付ける資料はない。
(2)令和6年4月以降も上記20名の職員は「【副課長のフォルダ】」にあるデータを閲覧できる状態にあったが、同年9月11日に別のフォルダに移し替えたので現在は閲覧できない。
(つづく)