北村弁護士「夫婦別姓」は何が問題? 弁護士の立場から「これ、相当頭悪い」と思う点は…「その通り」の声
スポニチアネックス 3/11(火) 9:45配信
弁護士の北村晴男氏が、10日までに自身のYouTubeチャンネルを更新。「選択的夫婦別姓」に対し、持論を展開した。
(略)
北村氏は、「選択的夫婦別姓制度に関心のない方が6割」という現状に「大変危険だと思っています」と指摘し、「昔は働く女性が少なかったので…今、働く女性の名前が変わったときに、公的な書類などを変更しなければならない、これを是正するべきだという意味だけで言えば、選択的夫婦別姓も昔は意味があったと思います」と説明した。
だが、現在は「高市早苗さんが総務大臣の時に、結婚をすると姓が変わる人のために。あらゆる場面で通称を使用することができる法制度をずっと整えていましたね。今では、1142の場面で通称使用ができるようにした。住民票、パスポート、マイナンバーカード…あらゆるところで旧姓を併記できるようになった」といい、「選択的夫婦別姓にする必要って本当にあるんですか?という疑問が今大変大きいです」とし、もはや「立法事実はない」と主張した。
むしろ「変えたら不都合がある」面の方が大きいと言い、「例えば、選択的夫婦別姓を選択した夫婦に子供が生まれたとする。立憲民主党の案では、『子供の姓は夫婦で協議をして、決まらない場合は家庭裁判所へ』となっていますが…これ、相当頭悪いです。裁判所にそんなことを持ってこられて、どうやって子供の姓を決めるんですか?って話です。決める基準が全くありません」と、弁護士の立場から見解を述べた。
(以下略)
https://news.yahoo.co.jp/articles/8e2f35fe86d1fc1bb704a5bb1f961b0dd493e895
建設的な議論をするうえで、「相当頭悪い」という表現は、私はあまり好みませんが、このスポニチアネックスの見出しや記事本文に使われていますので、あえて今回のタイトルに使用しています。
なお、北村氏が本当に頭が悪い、と断定しているのではなく、この報道のとおりに主張しているのなら「頭が悪い」とされても仕方ないなあ、ぐらいの意味です。
まず、
>住民票、パスポート、マイナンバーカード…あらゆるところで旧姓を併記できるようになった
については、私が前記事で紹介している内容が、反証となります。
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国際的な場面でも、パスポートでは旧姓の併記は認められていますが、カッコ書き内であり、あくまで戸籍姓を補足する情報です。旧姓単独で正式な証明になるわけではありません。加えてパスポートは今、国際基準に基づくICチップで管理されていますが、そこには戸籍上の姓しか入っていません。カッコ書きの旧姓は入っていないのです。
海外出張の際、航空券の発券、入国手続きなどはもちろん、民間の組織を訪問する時も今はセキュリティーチェックが厳しいので、いちいち足止めをくいます。私たちもよく海外に行きますが、一行の中で必ずだれか女性が入国や入館の際などに足止めを食らうのです。照合手続きなどに20分30分と待たされるんですよね。これだけ女性の活躍が進展してきているのに、企業からするとそこで足止めされて、もし重要な商談に遅れたら契約の機会を失ってしまうかもしれない。こうなると、これは本人の努力で解決すればいいことではなくて、企業はビジネス上のリスクと位置付けなければいけない。
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これは、経団連のソーシャル・コミュニケーション本部統括主幹の大山みこさんの発言ですが、
魚谷雅彦ダイバーシティ推進委員長(資生堂会長)の記者会見でも、
論文や特許の取得では、戸籍上の氏名の表記が必須となり、姓を改めることでキャリアが途切れ、不利益を被った例もある。
などと指摘されています。
https://jukeizukoubou.hatenablog.com/entry/2024/06/21/211030
「旧姓併記」のみで対応する、とかいうのは日本国内だけ。
国際的に通用しない、いわばガラパゴス弥縫策でしょう。
なお、論文、特許、登記、パスポート、就労ビザなどの関係で不都合が生じるのは、日本の既婚女性の中で、相対的に少ない、わずかの人々ではあるでしょう。
ただ、そういう女性が、国際的に日本企業や日本人の評価を高め、あるいは世界全体の幸福のために貢献しているか、将来的にその可能性を有している、ということも事実。
そういう、いわばノーベル賞候補クラスの女性の活躍を切り捨てても、「夫婦絶対同姓」原理主義を守るべき、という主張なら、自民党保守派でも、北村氏が顧問をしているらしい日本保守党でも、それを明確にして選挙に挑んでください。
ところで、私は別に立憲民主党の支持者ではありません。
「子供の姓は夫婦で協議をして、決まらない場合は家庭裁判所へ」ではなく、
<子の姓を父母のどちらと同じにするか、婚姻時に決めておく。>
という「婚姻制度等の見直し審議に関する中間報告」をベースに議論していくことが適当と考えています。
ただ、その「中間報告」の審議上では、
「子の出生時に父母の協議で定めるべきであるとする意見」が多数派だったということです。
つまり、その審議に参加した(たぶん)有識者の多くにとっては、立民案もそれなりに根拠のあるものとして考えられていたということ。
中間報告で採用された案と、立民案、双方の相違点などから議論を出発すれば、国民にもわかりやすいのではないかと思います。
少なくとも「相当頭が悪い」と見下すのではなく、問題点を冷静に指摘するやり方の方が、妥当ではないでしょうか。
というか、審議会でも検討会でも、貴重な国費使って議論しておいて、その成果物を全く使わずに放置しておくって、どうなんだろう?