最高裁判決の少数意見1

最高裁判決の話題が続きますが・・・

某朝ドラの登場人物のモデルとされる裁判官が、尊属殺人(厳密には尊属傷害致死)事件に対して述べたという少数意見です。
父親の言動に腹を立てた子が、鉄瓶等を投げ、それが原因で父親が死に至った、という事件です。
地裁で、尊属殺人傷害致死等の厳罰規定は違憲とする判決が出たため、検察側が跳躍上告(高裁を飛ばして最高裁に)しました。

 

以下、昭和25(あ)292 昭和25年10月11日(最高裁判所大法廷)の抜粋

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 裁判官穂積重遠の少数意見は左のとおりである。
 本件は刑法二〇五条(注:傷害致死罪。第2項に尊属傷害致死について規定されていたが、現在は削除されている)に関するが、問題は同二〇〇条(注:尊属殺人罪)から出発するゆえ、両条にわたつて意見を述べる。そして先ず両法条の立法を批判したい。
 刑法二〇〇条は、同一九九条(注:殺人罪)に「人ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ三年以上ノ懲役ニ処ス」とあるのを受けて、「自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス」としたのである。すなわち法定刑の上限は共に死刑であるから、もし尊属殺は極悪非道なるがゆえに極刑を以て臨まねばならぬとしても、それは、一九九条でまかない得るのであつて、特に二〇〇条を必要としない。
 そこで普通殺人と尊属殺との刑罰の差違は、各法定刑の下限に存する。すなわち前者にあつては刑を懲役三年まで下げて執行猶予(注:初犯でも懲役3年超なら執行猶予はつけられない)の恩典に浴せしめることができ、後者は死刑にあらずんば無期懲役と限られているから、かりに法律上の減軽と酌量減軽のあらん限りを尽したとしても、懲役三年半以下に下げることができず、従つて執行猶予を与え得ない。刑法が両者の間にかような差違を設けた理由は、正に多数意見が説くとおりであろうが、普通殺人に重きは死刑にあたいし軽きは懲役三年を以て足れりとしてかつその刑の執行を猶予して可なるがごとき情状の差違あると同様、尊属殺にも重軽各様の情状があり得る。いやしくも親と名の附く者を殺すとは、憎みてもなお余りある場合が多いと同時に、親を殺しまた親が殺されるに至るのは言うに言われぬよくよくの事情で一掬の涙をそそがねばならぬ場合もまれではあるまい。刑法が旧刑法を改正してせつかく殺人罪に対する量刑のはゞを広くしたのに、尊属殺についてのみ古いワクをそのままにしたのは、立法として筋が通らず、実益がないのみならず、量刑上も不便である。
 刑法二〇五条の傷害致死罪については、普通人に対する場合は「二年以上ノ有期懲役」であるが、直系尊属に対する場合は「無期又ハ三年以上ノ懲役」となつているのであるから、法定刑の上限にも下限にも差違を設けてあり、尊属傷害致死について特別の規定をした意味がある。ところが刑法二〇八条の傷害を伴わぬ暴行罪および同二〇四条の死に至らざる傷害罪については、普通人に対するものと直系尊属に対するものとによつて刑の軽重を設けていない。もし「かりにも親のあたまに手をあげるとはけしからん」というのであるならば、そもそも暴行罪からし直系尊属に対するものを重く罰せねばならず、いわんや傷害の故意があつて傷害の結果を生ぜしめた場合はもちろんである。しかるにその暴行傷害を特に重しとせずして、未必の殺意すらないのにたまたま致死の結果が生じた本件のごとき場合になつてはじめて普通人に対する傷害致死と差別して刑を重くするのは、立法として首尾一貫せず、かつ殺意なき行為に対する無期懲役は、科刑として甚だ酷に失する。刑法二〇五条一項により有期懲役の長期たる一五年まで持つて行ければ充分であろう。
 なお遺棄罪については刑法二一八条二項に、また逮捕監禁罪については刑法二二〇条二項に、それぞれ直系尊属に対して犯された場合の刑の加重が規定されている。本件直接の関係でないゆえ一々論及しないが、殺傷の場合の議論が大体当てはまる。
 さらに注目すべきことは、刑法二〇〇条および二〇五条二項の「直系尊属」の範囲である。それは民法の規定に従うのであるが、その民法に新憲法の線にそう改正があつて、「直系尊属」の範囲が変更し、以前は直系の尊属卑属であつた継父母継子の親子関係が認められないことになつた。そこで民法下において刑法二〇〇条および二〇五条二項を適用すると、継父母を殺しまたは死に致したのは尊属殺または尊属傷害致死ではないことになる。しかし継父母殊に継母は継子に取つて、場合によつて実母同様、少くも養母以上の恩義があり得る関係である。それゆえ殺親罪を認めながら継父母殺しを殺親罪としないことは、父母的関係においてそれよりも遠い「配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者」を殺親罪に問うのとくらべて、甚しい不釣合であつて、新憲法下に殺親罪という旧時代規定を保存した矛盾の一端がはからずもここに暴露したものというべきである。
 かくして刑法二〇〇条および同二〇五条二項は、立法としてすこぶる不合理でありかつ不要であつて、昭和二二年法律第一二四号による刑法一部改正の機会に削除せらるべきであつたと思うが、その機を逸してその規定が現存する今日、この二箇条が憲法に違反する無効のものではないだろうかということが問題になるのは、当然である。原判決は、刑法二〇五条二項を憲法一四条に違反するものであるとして、本件犯行に同条一項を適用し、当裁判所の多数意見は、検事上告を容れて、右刑法二〇五条二項は憲法違反にあらず、従つて本件犯行には右条項を適用すべきものとするのであるが、原判決も検事上告も、また当裁判所多数意見も、単に刑法二〇五条二項だけでなく、同二〇〇条をも含めて、殺親罪全体を問題としている。本裁判官は原判決(注:地裁判決)を、その説明には過不及があるが、結論において正当と認めるがゆえに、以下当裁判所多数意見および上告論旨の諸論点について意見を述べたい。

 

(つづく)