ちなみに、問題の民法の条文は次のとおりです。
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<改正前>
(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
第724条 不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
<改正後>
(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
第724条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。
(人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
第724条の2 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。
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改正前は、前段(知ったときから3年間)は消滅時効ですが、後段(知らなくても20年経てば消滅)については「除斥期間」として扱われてきました。
時効は援用が必要ですが(税など例外あり)、除斥期間なら援用不要で権利消滅、という考え方が、1989年判決。
これは相当ではないね、ということで、当事者(この場合は国)が主張しないと権利消滅にならないし、当事者があくどくて(意訳)、主張することが信義則違反または権利乱用の場合は許されない、となったわけです。
なお、今回判決で「問題あり」とされた1989年判決というのは、こういう感じです(判例データベースみたいなものから抜粋)
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昭和59(オ)1477 平成元年12月21日 最高裁判所第一小法廷
民法七二四条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当である。けだし、同条がその前段で三年の短期の時効について規定し、更に同条後段で二〇年の長期の時効を規定していると解することは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わず、むしろ同条前段の三年の時効は損害及び加害者の認識という被害者側の主観的な事情によってその完成が左右されるが、同条後段の二〇年の期間は被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であるからである。
これを本件についてみるに、被上告人らは、本件事故発生の日である昭和二四年二月一四日から二〇年以上経過した後の昭和五二年一二月一七日に本訴を提起して損害賠償を求めたものであるところ、被上告人らの本件請求権は、すでに本訴提起前の右二〇年の除斥期間が経過した時点で法律上当然に消滅したことになる。そして、このような場合には、裁判所は、除斥期間の性質にかんがみ、本件請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても、右期間の経過により本件請求権が消滅したものと判断すべきであり、したがって、被上告人ら主張に係る信義則違反又は権利濫用の主張は、主張自体失当であって採用の限りではない。
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なるほど。これが否定された、と。
それから、前記事で紹介した今回の判決要旨のうち、ちょっと色合いが違う個別意見もあります(判決の結論自体は15名の裁判官全員一致です)。
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[個別意見](三浦氏、草野氏の意見は略)
<宇賀克也裁判官の意見>
改正前の民法724条後段は消滅時効を定めるものと考えられる。この場合、除斥期間の起算点に関する最高裁の各判決の判例変更は不要だ。同条後段の適用が問題となる事案はごくわずかと思われ、既に法改正されて消滅時効を定めるものとなっていることなどに照らせば、これが消滅時効を定めたものとする判例変更をしても、混乱を懸念するには及ばない。
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改正前の民法724条後段の解釈が、ちょっと独自っぽい?ようです。理屈は合ってるような。
消滅時効なら(たしかに、前段が消滅時効なら、後段はそうでない(除斥期間)とするのは無理があるかも)、当事者(この場合は国)が援用しないと権利消滅しない、つまり1989年判決時点で間違いのはず。
民法改正で、後段の「20年」も時効であることが明確化されたから、混乱しないんじゃない?ということですか?
それより、今回の判決で、係争中の他の国家賠償請求訴訟における除斥期間の取扱いが変わってくる可能性がありますね。
今回の旧優生保護法の件ほど「あくどい」とされる事案はなかなかないかもしれませんが、国(または自治体)も「20年経っているから」では済まなくなってきているということですか。