もうひとつ出生率の話

女性は「地方にいろ」と言うのか…「消滅可能性都市」増田レポート最新版が押し付ける「少子化の責任」
現代ビジネス 6/4(火) 7:03配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/cc8c02e5f38ddf86f62000758b38ad4f1f7a95bd?page=2

上のリンク先より抜粋。

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 だから、問題は若い女性の地域偏在ではない。そもそも、だれがどこに住もうが勝手ではないか。それを若い女性だけ名指しで、大都市には移動するな、そこにいろと言う。「女性に向きあえ」といっておきながら、ここにはどうにも男性中心主義の強い臭いがする。
(略)
 よく見てみれば、若い女性がいない、子どもがいない地域とは、出産や子育てがしにくい地域ではないだろうか。それも政策的にそうなってきたものである。

 多くの場所で出産できる病院がなくなっている。そもそも産婦人科医が足りないという問題もながく指摘されてきた。産婦人科がないのは、地方のせいではない。どこにいても安心して子どもが産めること、これは国がきちんと責任を持つべきことである。

 さらに、地方創生では保育所の数ばかりが問題になったが、その裏側で小中学校、高等学校の統廃合が進み、末端の地域で学校がないのはいまや当り前とされている。だが、それでどうやって子育てしろというのか。これも同じく、ある意味で国策の失敗だ。

 すでに高校進学率が100パーセント近くになっている中で、地域に高校がないだけでも子育てには労力がかかる。その高校がいま都市部でさえ削減されている。さらにはそこへ通う公共交通までもがズタズタだ。そしてこれもまた、国が責任を持って補償すべきことに他ならない。

 これでは子育ては都市でしか、さらにいえば大都市でしかできないものだと、人々が思うのも仕方がない。これは市町村の政策の失敗ではない。国策、あるいは都道府県がとってきた政策の失敗である。

 そもそも人口減少対策は、国が行った2000年代の改革の失敗やその後のインフラ外しが原因となっている可能性が高い(第三次ベビーブームの不在。詳しくは拙著『「都市の正義」が地方を壊す』参照)。

 まずはそれを反省し、社会解体を導いた改革を戻し(国土庁解体と平成の市町村合併がとくに大きいと筆者は見る)、なかでもこの改革によって進行した国への権力集中を解いて地方分権を実現させることこそが、人口減少対策の要件になる。
(略)
 追記:この稿を編集部に提出する段になって、今回の人口戦略会議のレポートが「消滅可能性」ではなく、「持続可能性」レポートであることに気がついた。今更書き直せないのでこのまま提出する。
(以下略)
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末尾の方にどんでん返しというか腰砕けになっているところがありますが、ここでは気の毒な筆者名は記載せずに、続けます。

若い女性がいない、子どもがいない地域とは、出産や子育てがしにくい地域ではないだろうか」
という投げかけがありますが、若い女性が多い大都市圏(特に東京)の出生率が高ければ、レポートにおいて「ブラックホール型」のような表現は出てこなかったでしょう。
過疎地等で産婦人科が足りていないなど、政策の失敗等については、私も否定するつもりはありません。
産婦人科も、高校や大学も、大企業などの本社、中央官庁などもある東京で、出生率が低いのはなぜか、この筆者の論理では説明できないように思います。
(部分的には適切なことも書いてあるとは思いますが。)

 

でも「若い女性だけ名指しで、大都市には移動するな」というのが無理な話であることは当然です。
結婚するか、子を産むかどうかも、その女性が判断しないとどうしようもない。
生涯独身でも、女性同性愛(+子を作る人もいますが)でも、その選択を国が批判することは不適切でしょう。

ただ、子を産もうとする女性が、どの年齢、社会生活上のどのタイミングであっても、それを支援することができる政策、というのは有効だろうと思います。
18歳で成人に達したとして、極端な話、高3の間に妊娠しようが、卒業直後の社会人になったばかりだろうが、大学、大学院等だろうが、キャリア上の不利にならないような社会を創っていくこと。
夫婦選択別姓などは、当然のように導入すべき話(これから子を産む女性の意思を尊重すべきで、高齢男性なんかの意見に振り回される必要はない)。

「子持ち様」と揶揄されたり、周囲とぎすぎすしなくても妊娠~出産~養育が選択できるような世の中にすること。

それができるのなら、多少の増税でも相談には応じます。

社会保険に上乗せという、今の政策は、いわゆる結婚適齢期(死語か?)の男女が結婚・出産に踏み切るのにブレーキになりそうで、疑問しかありませんが。