聴覚障害者の逸失利益

この世界情勢下で、国会予算委があるから林外相がG20に出席できないとかいう馬鹿げた話もありますが(首相も外務副大臣もいるのに、林氏でないと答えられない質問があるとは思えない。なお、林氏に対する好き嫌いとは別の話です)・・・先日から気になっている問題の方を。


事故で亡くなった聴覚障害の11歳、将来得られたはずの収入「逸失利益」は平均の85%…大阪地裁判決
読売新聞 2023/02/28 01:09

 大阪市生野区で2018年、重機にはねられて死亡した大阪府立生野聴覚支援学校小学部5年の井出 安優香あゆか さん(当時11歳)の遺族が、運転手や当時の勤務先に約6100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は27日、約3700万円の支払いを命じた。聴覚障害がある井出さんが将来得られたはずの収入「逸失利益」は、全労働者の平均年収の85%をもとに算出するのが相当と判断した。

 武田瑞佳裁判長は「被害者には様々な就労可能性はあったといえるが、他者とのコミュニケーションが制限される障害があったことは否定できない」とし、健常者と同水準までは認めなかった。遺族は控訴を検討している。

 判決によると、井出さんは18年2月、大阪市生野区で下校中に歩道に突っ込んできたショベルカーにはねられて死亡した。

 両親らは、井出さんは生まれつきの難聴で聴覚障害3級だったが、将来の就職や進学の可能性が高いとして、逸失利益は全労働者の平均年収497万円(18年)から算定すべきだと訴えた。これに対し、被告側は聴覚障害者の平均年収(294万円)をもとにすべきだとし、健常者の約6割にとどまると主張していた。

 武田裁判長は判決で、18年時点での聴覚障害者の平均年収は健常者の約7割だったと指摘し、「健常者と同程度とはいえない」と述べた。

 その上で、聴覚障害者の進学率が向上し、音声認識アプリの普及などでコミュニケーションの手段も充実しているといった社会状況の変化に言及。井出さんが事故に遭わずに就職していた場合、その頃には聴覚障害者の平均年収は増加していると予想されることに加え、井出さんが年齢に応じた学力を持ち、勉強などに意欲を示していたとの事情を考慮し、全労働者の平均年収の85%と判断した。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20230227-OYT1T50298/

 

<追加>

被告側の運転手と会社は当初、「聴覚障害者は就職自体難しい」として、将来の収入の見込みは女性労働者の平均賃金の4割だと主張しました。
その後、この主張は撤回した上で、労働者全体の平均の6割にあたる聴覚障害者の平均賃金をもとに賠償額を算出するよう求めています。
(NHK関西 02月27日 08時21分)
https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20230227/2000071374.html

 


難しい問題ですが、今回の地裁判決は、想定の範囲内ではあったと思います。
もちろん、全面肯定しているわけではなく、全労働者の平均収入の6割から10割までの間のどこかになるだろう、と予想していたもので。

事故のあった2018年時点ということなら、7割かどうかはともかく、収入格差というのはあっただろうと思います。
被告側の当初主張は論外でしょうが(撤回されたとはいえ、なんでこんな主張をしたのだろう?)、6割というのは、2018年から過去何年か何十年かの平均ということならあるかもしれません。
(なお、これは訴えられた運転手や会社の誠意がないのではなく、実質的には会社と契約していた「保険会社の主張」という情報があります。)

一方、判決にもあるように、音声アプリなど聴覚障害があっても職業上のコミュニケーションが取りやすくなるような手段が普及してきたのは事実です。
事故当時11歳ということは、就職時は10年内外の未来。
現在よりも、さらに数年先ということで、障害者の就職(あるいは起業)が有利な方向に進むことは充分に予想できます。

だいたい、障害者基本法など、現行制度の理念から考えれば、健常者との収入格差はゼロに近づける方向に施策等も進めるべきですから、10割とはいかなくても9割5分ぐらいは見てもいいのかな、というあたりが判決に対する期待値の上限でした。
(いや、10割で私は文句ないのですが。)

でも、たぶん裁判官は、ある意味、真面目に考えちゃたんですよね、現実というか、他の事件との整合性とか。
裁判官によったら、10割かそれに近い水準を示す人がいるかもしれませんが、85%も出さない人がいるかもしれません。

どの裁判官でも安定して結果が出るように、ということなら、いっそ法律に書いてしまうという方法も考えられます。
障害者基本法でも民法でもいいですが、「障害者の逸失利益は全労働者の平均値を基に算定することを基本とする」とかいうように。
「基本とする」だから、特殊技能などプラスになる要素があれば、上乗せしたっていいわけです。

近年の裁判官は、「国(政府)の裁量」を広く認める傾向があるので、たとえば「夫婦選択別姓を認めない」というのは合憲にしていても、「夫婦選択別姓を認める」という法律を作ってしまえば、それを違憲とすることは、まずありません。
だから、超党派の議員か何かで、この件について合意して議員立法、というのも考えたらどうでしょうか?

 

余談ですが、ずっと以前に
「うぃずライン」(http://withline.web.fc2.com/)という冊子を作っていたとき、編集会議はオンライン(のみ)でやっていました。
それも、動画や音声なんかない、ほぼテキスト(若干の画像は貼れる)のみの掲示板上で。

だから、というわけではありませんが、聴覚障害があっても、仕事のやり方によってはハンディにならないような、そういう働き方は十分に可能だと思います。